オリンピックの4年に1度の開催サイクルはなぜ。

2022/02/21 ブログ

皆様こんちはアトリエシーオー岡田です。  今年はオリンピックです。  我々自営業者はなんかとイベントに乗っかる事が多く、集客チャンスと腹黒く考えておりますが、  オリンピックの起源や習慣について少し紹介していきたく思い、ブログを書かせて頂きました。宜しくお願いいたします。

また少し長文ですが、申し訳ございません、お付き合い下さい。

古代オリンピックの幕開けは、紀元前9世紀ごろと、記載があるそうです、その後、1500年間の空白期間があり、オリンピアの神ゼウスに捧げた宗教行事から、世界平和を願う祭典になり進化を続けてきたらしいです。古代ギリシャでは、多くの神々を崇めるために開催された競技がランニングの1種目だそうです。最初のオリンピック種目 古代オリンピックで最初に行われた競技は、1スタディオン(約191m)のコース を走る「競走」でした。オリンピアの聖地には、競走のための「スタディオン」が築かれていました。スタディオンは長さ約215m、幅約30mの広場を高い盛り土がスタンドのように囲んだ施設(貴賓席として白い大理石のベンチも用意されていた)です。1スタディオンという距離は、このスタディオンの競技場が基準となった単位なのです。   紀元前776年の第1回大会から紀元前728年の第13回大会まで、古代オリンピックで開かれていたのは競走1種目だけでした。1スタディオンはゼウスの足裏600歩分に相当し、ヘラクレスがこの距離を実測したとも伝えられています。  古代オリンピックのさまざまな種目 その後、古代オリンピックは種目の数を増やしより大きな祭典へと発展していきます。伝説や考古学的研究によってわかっている古代オリンピックの歴史を、競技種目のあらましによってたどってみましょう。  ディアロウス競走 紀元前724年の第14回大会から、2スタディオンの距離を走る中距離競走が種目に加わった。ちょうど現在の400mに相当し、スピードと持久力が必要な競技だった。 ドリコス競走 第15回大会からは長距離競走も実施されるようになりました。その距離は大会によって変更されたようですが、スタディオンの直線路を10往復する競技でした。現在の陸上競技のようにタイムを計測するわけではないので、競技者はスローペースで駆け引きを繰り広げ、最後のスパートで勝負を決したようです。 ペンタスロン 紀元前708年の第18回大会から、ペンタスロンといわれる五種競技が始まりました 。短距離競走、幅跳び、円盤投げ、やり投げ、レスリングの5種目を一人の選手がこなす競技で、3種目以上を制した者が優勝者と認定されていたようです。 レスリング ペンタスロンで行われたレスリングが、紀元前668年の第23回大会から単独の競技として実施されるようになりました。立ったままの姿勢から(投げるために片膝をつくことは認められていた)相手を持ち上げて投げる競技で、正しく美しいフォームで投げなくてはなりませんでした。時間制限はなく、勝敗が決するまでに長い時間がかかる過酷な競技だったようです。

その中で最大規模のものが、エリス地方のオリンピアで行われていたオリンピア祭典競技で、これがのちにオリンピックと呼ばれるものとなり、オリンピアは前能の神ゼウスの聖地であり第1回大会から第13回大会までの古代オリンピックで実施されていた競技は、「競走」の1種目だけだったという。オリンピアに築かれた「スタディオン」という競技場で、1スタディオンのコースを走って競っていたとされている。1スタディオンは、ゼウスの足裏600歩分に相当する約191メートルだった。 その後は次第に種目の数が増え、祭典の規模はどんどん拡大されていった。第14回大会から加わった「ディアロウス競走」は、2スタディオン(約400メートル)の距離を走る中距離競走だった。第15回大会からは、スタディオンの直線路を10往復する「ドリコス競走」という名の長距離走も実施されるようになった。 第18回大会以降は、「競走」以外の種目も追加された。短距離競走、幅跳び、円盤投げ、やり投げ、レスリングの5種目を一人でやり抜く「ペンタスロン」や、単独競技としてのレスリング、ボクシング、戦車競走、競馬競走、素手による格闘技「パンクラティオン」などが行われていたという。 古代オリンピックが開催されていた当時のギリシャでは、いくつかの都市国家間で戦いが繰り広げられていた。しかし、宗教行事としての意味合いを持っていた古代オリンピックは、戦争よりも意義のあるものとされ、休戦してまで開催を続けたとされている。これが「聖なる休戦」で、休戦期間中は敵地を横切りながら参加者や観客たちが競技が行われるオリンピアに向かった。 しかし、古代オリンピックが終焉を迎える時がきた。紀元前146年、ギリシャがローマ帝国に支配されると、392年にテオドシウス帝がキリスト教を国教と定めたことで、オリンピアの宗教行事である古代オリンピックは開催が困難となり、393年の第293回大会を最後に1169年の伝統に幕を閉じました。 近代オリンピックの第1回大会は1896年の春、ギリシャのアテネで行なわれました。それから108年、第28回大会が再びアテネの土を踏み、オリンピックは生まれ故郷に里帰りすることになったのです。   近代オリンピックは、フランス貴族で教育者だったピエール・ド・クーベルタン男爵の提唱によって誕生しました。そのモデルとなったのは、西暦紀元前776年から紀元393年までギリシャのオリンピアで4年ごとに開かれる祭典競技でした。  当時のギリシャは都市国家をつくっていましたが、全土のギリシャ人は、北方のオリンポス山に住むとされる、ギリシャ神話で有名な、ゼウスを長とする神々を信仰していました。冬季オリンピックが始まったのは近代だそうです。

さて今回の本題のオリンピックが4年に1度開かれる理由です

オリンピックが開催されるのは4年に1度。その理由にはいくつかの説があります。最も有力なのは、古代ギリシア人が太陰歴を使っていたからという説です。現代、一般的に使われている太陽暦の8年が、太陰暦の8年と3カ月にほぼ等しいことから、8年という周期は古代ギリシア人にとって重要な意味をもっていたのです。暦を司るのは神官であり8年ごとに祭典が開かれるようになり、後に半分の4年周期となりました。太陰暦では49カ月と50カ月間隔を交互にして開催されていたようです。  オリンピックが4年に1度開催されるものとなった理由については諸説ある。最も有力とされているのは「古代ギリシャ人が太陰暦を使っていたため」という説だ。現代で一般的に使われている太陽暦の8年が、太陰暦の8年と3カ月にほぼ等しく、8年という周期は古代ギリシャ人にとって重要な意味を持っていたという。当初の古代オリンピックは8年に一度開催されており、のちに半分の4年に1回となったと言われている。他にもギリシャ神話の女神アテナを祝福するために行われた起源を根拠とする説がある。アテナが金星を司る存在と考えられることもあるため、金星と地球が同じ位置で一直線上に並ぶ4年に1回の周期に合わせたのだという。

オリンピックでの歴史は人類紀元前にまでさかのぼり、時系列が少し把握しにくいのではと思いますが、オリンピアと云う地名が在りそこで開催された事が記載されているそうです。

アトリエシーオー岡田も冬季オリンピックを見させて頂きありがとうございました。

 

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